前回、前々回の記事でも触れたように、呉では9月の秋分の日から11月の文化の日にかけて、市内各地で秋祭りが行われています。
呉の神社*1
このうち少なく見積もっても20余りの祭りでやぶが登場します。
ところが、一口に「やぶ」と言っても、面や衣装、髪型などの特徴は各々の神社でかなり異なっています。
また、同じ神社の祭りでも複数の地区や奉賛会が互いに特徴の異なるやぶを出している場合があります。
例えば、平原神社の祭りでは、鹿田迫奉賛会と畑祭礼委員会がそれぞれ独自にやぶを出しています。
そのため、俵もみなどの祭礼行事も個々別々に行われます。
鹿田迫奉賛会のやぶ
畑祭礼委員会のやぶ
また、宇佐神社の祭りでは、北区、中央区、西区の3つの地区からやぶが出ます。
北区の伝統的なやぶはカッパと呼ばれるもので、中央区はヨダレ、西区はニグロと言います。
北区のカッパ
中央区のヨダレ
西区のニグロ
外見どころか分類上、「種」が違うため、呼称までもが異なっているのです。
さらに北区のカッパ、中央区のヨダレについては、雄と雌の区分もあります。
地理的に隣接する警固屋の貴船神社も、昔からエンマ、ダンゴ、ニグロという3種類のやぶが出ています。
エンマ
ダンゴ
ニグロ
なお、同じ「ニグロ」という呼び名でも宇佐神社の西区のそれとは、面の特徴が著しく異なっています。
高尾神社の祭りもやぶの種類の多さという点でこれらとよく似ています。
ここでは古くから北区、東区、西区の3地区からやぶが出ています*2。
北区からはアカとアオ、東区はガッソーとニビキ、西区はカッパと呼ばれるやぶが出ます。
そして東区のガッソーに関しては雌雄の違いがあります。
北区のアカ
北区のアオ
東区のガッソー*3
東区のニビキ
西区のカッパ
雌雄の区別に関しては、鯛乃宮神社のやぶにもあります。
鯛乃宮神社のやぶ(雌雄)
また、同じ神社、同じ奉賛会でも、「面構え」は一様ではなく、やぶごとに違っています。
さらに、それぞれ違った面構えのやぶを、「一番やぶ」、「二番やぶ」、「三番やぶ」と呼んで識別しているところもあります。
これは大相撲で言うところの番付に相当し、やぶの位を表しています*4。
例えば、冒頭で紹介した平原神社の鹿田迫奉賛会の「一番やぶ」、「二番やぶ」、「三番やぶ」をご覧ください。
鹿田の一番
鹿田の二番
鹿田の三番
それぞれの個性の違いが一目瞭然でしょう。
こうした一種の番付制度を採用しているところは、伏原神社、鯛乃宮神社、八咫烏神社等々、他にも多々あります。
龍王神社のやぶもその一つです。
ここではそれに加えて、個々のやぶの面を個別の名前で呼ぶ慣わしもあります。
例えば、下の写真のやぶは、それぞれ澤原家の面、勝田家の面、鈴木家の面で、いずれも所有者の名前で呼ばれています。
澤原家の面
勝田家の面
鈴木家の面
面構えの異なる一枚一枚の面に固有の名前があるというのは、それらが特定可能なこの世で唯一無二のやぶであることを意味しています。
こうした"何番やぶ"といった識別のされ方に留まらない、アイデンティティの明確さが当地区のやぶの特徴です。
そのため、漠然と「やぶが好き」という人もいれば、ピンポイントで「とにかく澤原(家の面)が好き」という特定のやぶの熱烈なファンもいるのです。
このように単に「呉のやぶ」と言っても、その中身は実にバラエティに富んでいます。
「やっぱりうちのやぶが一番じゃ」と多くの人が地元のやぶに対して抱いている思い入れの背景には、こうした著しいまでのローカル性と多様性があるのです。
このローカル性と多様性に裏打ちされた「そこにしかいないやぶのそこでしか感じ得ない魅力」を、1日限りの「点」ではなく、秋分の日*5から文化の日までの約40日間に亘る「線」で楽しむことができるのが、「呉のやぶ」の醍醐味です。
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