呉のやぶ

呉の秋祭りのシンボル的存在、「やぶ」の今と昔をお伝えします。

小屋浦のマッカ

平安期の和名類聚抄に記された郷名で、安芸国安芸郡十一郷の一つとされる「養隈郷」。

現在の焼山、苗代、栃原、押込、天応、坂町、矢野、熊野町のあたりであったと言われています。

拙稿「養隈の祭り」では、昭和地区*1のやぶが、天応のやぶや小屋浦、坂、矢野の鬼と様々な点でよく似ている理由を、「養隈文化圏」という仮説を用いて説明しました。

その真偽はともかく、先の西日本豪雨では昭和地区を除く旧養隅郷が甚大な被害を受けました。

そのため、これら被災地での秋祭りは、今年は奉納行事が見送られるなど、縮小を余儀なくされています*2

15人が犠牲*3となった小屋浦もその一つ。

例大祭そのものが取りやめとなり、祭りの華である頂戴*4が見られない秋になることが早々に決まりました*5

しかし、そんな中にあっても何かできることはないか。

いや、こんなときだからこそ、子どもたちを少しでも喜ばせてあげることはできないか。

そんな思いに突き動かされるようにして決まったのが、小屋浦小学校を舞台にしたマッカによる「鬼廻り」だったそうです。

 

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マッカとは、小屋浦の祭りに出る鬼のこと。

子どもたちを追いかけ、竹の棒で叩くその様があまりにも激しいことで有名です*6

 

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2016年10月撮影

 

いつもはそれを町内全域で行うのですが、災害の爪痕が今なお残る今年は、小学校のグラウンド内に限定して行おうという試みです。

普通は、鬼に追いかけられたり、叩かれたりすると喜ばれるどころかトラウマになりそうなものですが、小屋浦ではマッカは一番の人気者と言っても過言ありません。

もちろん怖いには違いないのですが、「怖いから楽しい」という子どもならではの楽しみ方があるのです。

筆者の生まれ育った焼山にもこれと全く同じ「文化」があり、実体験に基づく肌感覚でこの点はよく理解できます*7

小屋浦において、子どもたちを元気付けるとしたら、マッカ以上の存在はおそらくいないでしょう。

そんな小屋浦青年団の粋な計らいを取材すべく、10月第3土曜日の昼前に小屋浦を訪ねました。

マッカは正午に出ると聞いていたので、それまでの時間を利用して神社にお参り。

話しには聞いていましたが、被災した小屋浦新宮社の鳥居は既に撤去されており、周辺の様子も二年前に訪れたときと変わってしまっています。

背後の山に目をやると、斜面の一部が崩れたままとなっており、あの日の出来事を想起させる光景が視界に飛び込んできます。

 

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境内には頂戴が置かれていたものの、今年は出番はないと聞いていたせいか、言い様のない寂しさに包まれているように見えました。

 

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来年は復興の証となるような祭りが開催できるよう、社殿の前で手を合わせた後、小学校に戻り、マッカの登場を待ちます。

グラウンドには、「祭り」の賑わいを演出しようと青年団が設けた飲食等のブースに既に多くの子どもたちが集まっていました。

学校舎の窓にはマッカが描かれたポスターが貼られており、改めてマッカが当地のシンボルであることが伺えます。

 

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予定されていた時間を少し過ぎると、小学校に隣接している集会所の出入り口付近が騒がしくなりました。

いよいよマッカの登場です。

最初に犠牲者への黙祷を捧げ、しばし静寂に包まれた後、突然、子どもたちの悲鳴と幼児の泣き叫ぶ声が聞こえてきました。

マッカが動き出したのです。

空気が変わった瞬間でした。

グラウンドに向かって一目散に逃げ出す子どもたちの背中をゆっくりと歩きながら追うマッカ。

 

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ただ歩いているだけなのに、あちらこちらで悲鳴が飛びかっています。

でも、その悲鳴の中にどこか子どもたちの楽しさが入り混じっているようで、そこにはいつもと変わらない小屋浦の秋が感じられました。

幼い子どもを抱いている親も泣き叫ぶ我が子をマッカに抱いてもらい、その様子を写真に収めようとマッカを取り囲むように集まっています。

もちろん、マッカも記念撮影に応じているばかりではありません。

あたかも標的を定めたかのように突如として全速力で走り出し、子どもを追い回すいつもながらの姿も時折見せてくれます。

 

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舞台が広々とした校庭だけに、追う側も逃げる側もスピード感のある走りです。

 

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例年と違っていたのは、逃げる子どもたちに追いついても決して激しく叩くことはなく、実に優しく触れるようにして叩いていたこと。

辛い思いをした子どもたちの今を慮る、そんなマッカの振る舞いに目頭が熱くなりました。

また、子どもたちが怪我をしないよう、何人もの青年団が優しい眼差しで見守っていましたが、きっとこの中にも被災した方がいるに違いありません。

どうか小屋浦の町に平穏な日常が戻り、来年はいつも通りの、否、いつも以上の盛大な祭りが行えますように。

そう祈りながら、子どもたちの「嬉しそうな悲鳴」が止まない小学校を後にしました。

 

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*1:現在の焼山、苗代、栃原、押込から成る旧昭和村。

*2:朝日新聞』2018年10月10日朝刊, 第13版, 広島県版, 32面。

https://www.asahi.com/articles/ASLB93HLCLB9PITB00C.html

*3:他にも1人が行方不明。

*4:山車。

*5:代わりに神事のみを執り行う復興祭を実施。

*6:ナニコレ珍百景」(2012年11月14日テレビ朝日)や「誰も知らないカレンダー この日世界で何かが起こる!」(2016年11月12日フジテレビ)などでも紹介。

*7:午前中で学校が終わると恐る恐る下校。午後はやぶを見つけては口汚く大声でからかい、全力で逃げる。ときには追いつかれ、竹や紐で激しくしばかれることも。一年で一番楽しかった子ども時代の思い出です。詳しくは下記を参照。

http://kureyabu.hatenablog.com/entry/2015/10/22/203542