呉のやぶ

呉の秋祭りのシンボル的存在、「やぶ」の魅力をお伝えします。

亀山神社の祭り

何にしても歴史を知って観ると、面白さが増します。

祭りも然り。

今年は、夏に「昔の祭り」(亀山神社編)の取材を行っていたので、レンズ越しに見える光景がこちらに向かって語りかけてくるようでした。

 

さて、10月第二日曜日の始動は朝のお祓いから。

午前8時過ぎ、まだ静寂に包まれた時間帯の亀山神社にやぶを含む氏子奉賛会一行が到着。

許可を得て、拝殿に上がり、その様子を撮影させてもらいました。

 

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お祓いが終わると、社殿の前で記念撮影。

 

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獅子と天狗の背後にお馴染みの9匹のやぶが勢ぞろい。

朝しか撮れない一枚かもしれません。

その後、一行は二の鳥居をくぐり、一の鳥居へと向かいます*1

先頭を歩くのは、一番やぶ。

 

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昭和49年に製作され、その翌年以来、ずっと亀山の一番面として使われています*2

ここで一旦、現地を離れ、次の撮影地である苗代、矢野へと向かいました。

再び合流したのは、午後1時前。

例年と同じく、本通1丁目の角地で氏子奉賛会一行が午後の出発を待機していました。

そこで最初に目に留まったのが、こちらの七番やぶ。

 

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通称「青面」。

これと対になっている「赤面」とともに、昭和45年まではこれら二枚だけが亀山の祭りに出される唯一の面でした。

言わば、亀山のやぶの原点とも言える一枚です。

続いて、レンズを向けたのが、こちらの三番やぶ。

 

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面の製作年は昭和48年。

当時、赤面、青面の二枚しかなかった祭礼協賛会(現・氏子奉賛会)に三枚目の面として新たに加わった面です。

昭和50年から現在の一番面が使われるようになるまでの二年間、この面が亀山の一番でした。

単に面が一枚増えたというだけでなく、被り手が子どもから大人へと変わろうとしていた過渡期でもあり、亀山の祭りの戦後史において「新時代」の到来を象徴する一枚でもあります。

そうした歴史を知ったせいか、今年はいつもに増してこの三番を多く写真に収めていました。

これもその一つ。

 

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やがて時計の針は午後1時を回り、一行は亀山神社に向かっていよいよ出発。

四ツ道路交差点を一気に渡ると、清水通りの坂道で俵を揉みながら少しずつ、お宮に近づいていきます。

 

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神社に着くと、まず二の鳥居前で俵もみが行われます。

ここで最初にカメラが捉えたのが六番やぶ。

先ほどの「青面」と対になっていたという「赤面」です。

昭和45年まではこの「赤面」が一番、「青面」が二番でした。

 

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そして、いよいよ俵もみが開始。

 

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三番と五番が最前列に立ち、俵みこし(とんぼ)が勢いよく迫って来るのを待ち受けます。

 

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ちなみにこの俵みこしが氏子奉賛会によって奉納されるようになったのは、昭和45年。

担ぎ手は呉本通商店街の青年部でした。

下の写真は、その3年後の昭和48年に撮られたもの。

 

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加登岡明夫氏提供

 

当時も今も境内は人々の熱気で渦巻いています。

さて、一行が拝殿前の広場に着き、最初に行われたのが複数のやぶによる太鼓の共演。

ここは毎年、大勢の見物客でひしめき合っており、撮影は至難の業となっていますが、今年は、許可を得て間近で撮影することができました。

もちろん、ここでの「許可証」は法被。

 

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赤面、青面の共演は、どの組み合わせよりも「亀山らしさ」に満ちています。

太鼓に彫られている文字は、「昭和五年 中通一二三丁目 堺川通一二三丁目 青年團」。

これを見る限り、現・氏子奉賛会のおよそのルーツについては、少なくとも昭和初期まで遡ることができます。

続いて披露されたのが、一番やぶと獅子の舞い。

 

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ヤマタノオロチの神話をモチーフにしたもので、やぶ(素戔嗚尊/すさのおのみこと)が獅子(ヤマタノオロチ)を退治するという物語を太鼓の舞い踊りで表現します。

また、第二幕として、同様の物語をやぶに代わって演じたのが二人の稚児。

 

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いずれも、昭和50年、今から41年前に創られた「やぶ踊り」が、その原型となっています。

下の写真がその初年度の様子。

 

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加登岡明夫氏提供

 

以来、今日に至るまで氏子奉賛会による奉納行事の一つとして受け継がれています。

そして、最後に行われたのが拝殿前での俵もみ。

 

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高く掲げられた俵みこしが、これ以上はないほど秋の空によく映えていました。

 

執筆後記

今回の記事は、「昔の祭り」(亀山神社編)の一部を織り交ぜながら書きました。

詳しくは、当該記事をご参照ください。

 

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*1:外界に近いものから順に「一の鳥居」、「二の鳥居」などと呼ぶ。

*2:被り手としては現在、5代目。