押込のやぶはやばい。
隣町の焼山で生まれ育った私が子どもの頃、よく耳にした噂です。
まだインターネットもなかった時代なので、子ども同士の口伝えでの情報が全てでした。
焼山のやぶでも十分過ぎるくらいやばいと感じていたのに、「もっとやばいのか?」と聞くと、「うん、相当やばいらしい」と。
とにかくよく走るという話だけは聞いていましたが、かと言ってそれ以上の具体的な情報もなく、想像が想像を呼び、恐ろしさと好奇心が増幅していったのを覚えています。
その押込のやぶを見にかの地へ初めて足を踏み入れたのは昨年のことでした。
祭りの開催日が10月第3土日で、地元、焼山の高尾神社と重なっていたことから中々その機会を作ることができなかったのです。
そのときの印象は、子どもの頃の噂どおり、やはり子どもを見つけては、追いかけ、よく走る。
そして、面の顔立ちや衣装は、大まかな分類上、焼山のやぶに比較的近いといったものでした。
ただそのときは、何枚か写真は撮れたものの、地元の方から話を聞くことができず、相変わらず情報不足のまま、押込を後にするにことになりました。
今年はその情報不足がいくらか解消されました。
二度目の押込を訪ねたのは、昨年同様、10月第3日曜日の朝10時。
この日は向日原神社の例大祭の日です。
これ以上はないほどの秋晴れで、眩いばかりの青空が広がっていました。
まず最初に神社に足を運んでみましたが、あいにくやぶの姿は見当たらず、しばらく付近を探索。
このやぶを探すときの高揚感は子どもの頃と変わっていません。
歩きまわること15分、チラッとやぶらしき姿が遠目に見え、すかさずその方向へ向かいました。
見ると、ある家の前で太鼓を叩いているところ。
その家の方も総出でやぶを出迎えています。
もっと近寄りたかったものの、ご家族揃っての記念撮影も始まったのでひとまず遠慮し、しばらく様子を見ることにしました。
その後、やぶの一団が向かい始めた方向へと先回りし、数十メートルほど離れた場所で待機。
レンズ越しにやぶの姿をとらえ、シャッターを切ろうとした瞬間、私に視線が集まりました。
周囲には私以外誰もいません。
計7匹のうち、6匹がこちらを凝視するという状況に少々たじろぎました。
これがもし噂に恐れ慄いていた子どもの頃なら、一目散に逃げ出していたことでしょう。
さすがにもういい歳をした大人なので、それはしませんが、十分に「やばい」と感じる場面でした。
その後、やぶは別の場所へと移動。
そこでもう一度神社周辺で待機し、やぶの戻りを待っていたところ、突然近くで太鼓の音が鳴り始めました。
音の方へ向かうと、やはりここでもある家の軒先でやぶが太鼓を叩いているところでした。
その様子を写真に収めようとカメラを構えていると、やぶと一緒にいた祭り関係者の方に「去年も来られてましたよね」と声をかけられました。
これはお話を伺う願ってもないチャンスと思い、まず面のことについて尋ねてみました。
そのとき伺ったお二方によると、押込のやぶには、アカ、シャク、ガッソーと呼ばれる格別古い面が3つあるとのこと*1。
アカ
シャク
ガッソー
古い面はそれだけでも風格が漂い、その祭りの歴史と伝統を感じさせるので、どうしても目が釘付けになります。
また、祭りが最も盛り上がる時間帯についても伺ってみたところ、15時以降とのお話でした。
その方が言われるには、押込の祭りのメインは神社に奉納する船で、その側について警護するのがやぶの役目である、と。
その一連の儀式が15時以降に神社で行われると聞き、改めてその時間帯に出直すことにしました。
そこで15時45分頃、向日原神社を再訪。
境内は既に地元の人たちで賑わっており、ちょうど船が本殿から出てくるところでした。
そのとき、私の方へ近づいてきたのが、朝、教えてもらったアカ。
今、神様に船にお乗りいただいたところであると耳打ちしてくれたのはそのアカでした。
確証はありませんが、何となく朝、押込の祭りについて教えてくださった祭り関係者の方の声のようにも聞こえました*2。
間近で見ると面の古さが際立っています。
船には大勢の稚児も付き、祭りの賑わいに花を添えていました。
その後も何度かアカと目が合い、不思議と面越し、カメラ越しに物言わぬ会話ができたような気がします。
しばらくして、アカに無言のお礼を言い、盛り上がりの続く向日原神社を後にしました。
子どもの頃、「やばい」と恐れ慄いていた押込のやぶとの距離が一気に縮まった10月第3日曜日でした。
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